相続人が

池谷幸雄体操倶楽部

多摩市では多摩ニュータウンから市外への二〇代の世帯分離による転出が人口を減少させているが、一方で区画整理区域への若い世代の転入が継続していることから、世代バランスの取れた状況が形成されている。従って、世間で評される高齢化の気配は感じられない。ただし、今後もそのバランスが続くか否かは多摩ニュータウン経営の舵取りに掛かっている。ここでの舵取りは行政のみではなく、多摩ニュータウン市民も関わった舵取りとして考える

べきであろう。多摩ニュータウンの居住者が責任を持って当該行政とスクラムを組むことが多摩ニュータウンは四市に跨ったエリアに開発され、各々の市街地が連担して特必要になる。
徴ある地域を作り出している。従って一行政区域だけでは完結しない生活圏が形成されておりこれらを統合する経営感覚と施策を打ち出す役割が必要になる。

住まいに関すること

郊外に取り残される持ち家世帯結局、古巣だった香川県に戻っ私の父は転勤族で愛媛県から香川県、そして鳥取県に移り、社宅住まいで持ち家を持つなど出来なかったのだろう。て家を持った。その間は転勤があり、一大事業だったに違いない。しかしそして、退職を機に一戸建てを建てた。
定住を決心しての定年後七年でこの世を去った。家を持つのが当たり前と教え込まれてきた。大概の男性が家は男の甲斐性と教えられ、家族のために家づくりをするのは動物も同様だから人間も当然の行動なのかもしれない。
などと男をあおり立てる宣伝文句がテレビ人が主すまい(ひと)あるじと書くは視聴者に刷り込みをする。家づくりをしなければ男ではないと……。
市場にはこうして男の甲斐性で作り上げた持ち家があふれている。しかしそれが、その内余り始める。通勤時間を犠牲にしてまでも家族のために建てた我が家、そんな郊外の住特に、宅が余り始めているというのは皮肉である。
通勤に1時間以上もかけ、やつとの思いで借家住まいから持ち家になったのだが、そんな戸建て住宅に空き家が目立ち始めているとすれば借家で住み続けていれば通勤も楽だったのに、男の甲斐性由々しき問題である。家族のため、の為に無理をして住宅を買った。

人が主となったが結局、だったというそのは笑い話も悲しい。家が余り始めると、次第に家を金で買うという意識は薄らぐ。人が住まなくなった家は急速地方に行けば働き手が居なくなり、利用しなくなった畑を耕して欲しいと思っに朽ち果てる。只でも良いから使って欲しいと思っている農家は、都心から高速道路ている農家は沢山ある。で11時間も走れば、どこにでもある現実的な話である。
それと同様に使ってもらえれば良いと山間部の過疎地の住宅がそうであったように、いう住宅の持ち主も生まれるはずで、住宅の余剰が続けばかならずこうした住宅も出てくるはず。この場合、住宅の価格は0円になるのか?その時の家の価値は何だろう。持ち家は職場を近づけ、借家は職場に近づく人が集まる利便地空き家の発生は住宅価格の低下を生み、空き家が増加する不便地区から、区への移動を押し進めるエネ»ギーともなる。

子供には相続税がかかる快適性を求めるから利便地区人は安心や安全、こうした状況に耐への移住が増えれば、ますます不便地区には空き家が増え資産価値も落ち、利便地区と不便地区の関係えかねて移動はさらに早くなる。これらを裏付けるデータとして、持ち家と借家の居住状況を詳しく見てみよう。を示す通勤時間の関係について、

は、郊外に市街化が進んでいくので、必然的に通勤時間は伸びる傾向になる。逆に、世帯数が減少していくと都心回帰が始まり、通勤時間も短縮する。これは都市の特徴であるので、全国都心回帰も中間ゾーンに戻る場合もあり、どこでも同様な傾向があるだろう。
ただし、必ずしも全員が同様な行動パターンを採らないのが現在の移動である。つまり移動も多様化していると言える。
余暇時間が増加し、しかし、人口減少の時代は総じて通勤時間は短縮の方向に進み、より生活の豊かさに結びつく方向に居住位置も移動が進む。
通勤時間は都市が拡大し続けるつまり、間は郊外への住宅地開発が進行し持ち家住宅を中心に世帯の移動が進み、結果として通勤時間に生活時間を奪われてきたのだから、都市が縮小し始めると都心回帰などで通勤時間が短縮され、生活時間が取り戻せることになる。都市の縮小は生活者にとって豊かさを生むその結果、現象でもある。

だが、その時に過疎地に取り残されるのは、資金力の有無もあるが比較的動きの鈍い持ち家世帯である。賃貸住宅居住者は経済の動きに敏感に行動しやすい背景があり、通勤時間の格差まず、いくつかの要因があるととなって現れる。

借家世帯と持ち家世帯との動向については、思うが、持ち家世帯の移動費用の格差は大きいことが借家世帯の移動に係わる経費の総額と、ある。加えて、郊外の持ち家世帯は先祖からの定住世帯も比較的多く、職場に合わせて住み替えることが困難であること。それに比して賃貸世帯は定住意識も薄い分移動しやすい。賃貸世帯には職場の近くに準備される社員寮などもあるため、必然的に通勤時間は短縮する傾向にあるなど、持ち家世帯が借家世帯に比較して通勤時間が多くなる背景がある。
こうした傾向に対して、戸建て住宅などを郊外で所有した持ち家世帯は、住宅を取得する段階で高い定住意識を持って購入したと思われる点が通勤時間に大きく影響しているようだ。もちろん持ち家世帯の中にはバブル景気の影響下での購入者もあり、高く購入した住宅に住み続けるしかないという世帯もあるとは思うが、少なくとも定住する覚悟を持った世帯は増加しているはずである。

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その場合、持ち家の周辺に職場を持ちたいと考えるのが当然で、結果として「持ち家は職場を近づけ、借家は職場に近づく」と表現したくなるような状況になる。つまり持ち家の近くに如何に職場を確保できるかが課題郊外の戸建て住宅などのニュータウンでは、であり、収入を確保する手段が生まれれば、その郊外は生き残ることができる。持ち家取得の動機は子育ての為の巣作りが主な目的だったから、家族の成長にあわせた最大限の家族像をイメージして家づくりをする。それが三〇歳代後半にピークに達するものだから持ち家を実現するためには、自らの支払える目一杯の経済力で背伸びをする。
そして出来れば一戸建て……と思うと、必然的に郊外に足を向けなければ実現しなかった事情がある。そこで、

通勤は犠牲にしても大きな一戸建てに……という動きになるので、通勤時間は長くなる。日本の場合の通勤費は全て会社持ちである。亭主さえ犠牲になれば家族に豊かな住まいを提供できるという涙ぐましい努力が通勤時間をのばしてきた歴史がある。

今後はそれが短縮の方向に向力う空き家増加に潜む真実人口減少が始まると、やがて世帯数が減少し空き家が発生する最近の多摩ニュータウンでの住宅建設動向を見るとマンションブームの感もあるので、当分世帯数の減少が始まるとは思えない。

しかし、日本全体では確実に世帯数が減少するので、このまま新規建設で住戸数が増加すると、世帯数の減少数との相乗効果で空き家が急速に増加することが容易に予測できる。空き家の増加は見方を変えると、ゆとりのようにも見えるが、人が使わない建物は劣化を早め、地域にとってコミュニティの形成や防犯の問題などの社会的な弊害を発生させ、人々の定住さえ脅かしかねない元凶になる。
我が国の空き家の状況は一九六八年昭和四三年に住宅統計調査で総住宅数が総世帯数を上回って以降、住宅ストックの増加に伴って安定的に増えてきたが、ここに来て急速に伸びている。住宅統計調査によると一九九八年調査から急増しており、二00三年調査では111パセントを超えた。
折からバブル経済の終焉を迎えた時期で、バブル経済の崩壊が住宅総数の急増に結びついたようにも見える。

こうした空き家率数の増加原因は、統計で見る限り、空き家の中でも賃貸売却用空が急増したことき家が原因であることがわかる。

また賃貸用と売却用の空き家の実数差は概ね10分の1の割合であることから、空き家の殆どが賃貸住宅持ち家の賃貸活用も含むの空き家の発生である「空き家実態調査V平成一四年六月日本住宅総合セ(財)ンター」によると東京都の空き家の特徴として五○平方メートルを越える規模の空き家が約四割だと報告されており、ファミリー向けの空き家が顕在化しているとされている。
ではなぜ、これ程までファミリー向けの賃貸住宅の空き家急増があったのか、統計的に解析バブル経済が弾けた当時、私の設計した分譲マンションは売れ残する情報を持っていないが、開発業者の親会社の社宅になったことがある。り、売却損を抱えるのではなく売却したという状況を演出した負債のつけ回しである。当時は地上げ業者が多くの土地を買いあさっていて、同様な話を耳にしたこともある。

地価土地を取得した業者は売るに売れず、がピークに達して値下がりが始まったとき、結局、建物を建てることで負債が露見するのを引き延ばしたという。
埋葬許可証それに融資した銀行も同様で、さらに建物を建設するための資金を調達することで破綻の顕在化を恐れ、その場しのぎに融資を拡大させたというストーリーは想像に難くなぃ。バブル経済の崩壊が賃貸空き家を増加させたという根拠は、あながち当こうしたことから、急速に空き家率が増加した平成10年のデータには、たらずとも遠からずのように思える。バ説明したような背景が隠されているのかもしれない。
ブル経済崩壊の爪痕が残っていて、もっと勘ぐれば、冷え切った土地売却を促進するためなのか、一九九三年に住宅金融公庫金利が四·0パーセントになり第六次マンションブームを生み、さらに一九九八年には最低の

連続して第七次マンションブームが始まっているようにも見える。11.0パーセントになり、こうした状況を演出したのは、奇しくも売れ残った土地と建物の処分に荷担した住宅金融公庫なのかもしれない。
それに連動して金融機関の破綻を抑制するために低金利政策に入り、住宅金融公庫に対抗するように民間金融機関が低金利の住宅ローンを普及させ始めた。これまでの不動産業に対する融資とは違って、大儲けはしないものの、リスクは少ない個人融資にシフトしていった。
結果として民間に役割を奪われた住宅金融公庫は独立行政法人住宅金融支援機構と姿を変えてゆくことになる。家率の変化はバブル経済の影響を受けていない一九八三年時点では、都心から郊外に行くに従って空き家率は低下していた。
しかし、バブル景気が弾けた後の一九九八年調査では都心一0キロメートル圏域に空き家率が最も高いが、郊外部でも五0キロメートル以遠が空き家比率バブル経済崩壊以降の空き家状況の特殊性がは高くなっている。このように比較してみると、見えてくる。

全体に空き家比率は増加しているが、都心部と五0キロメートル以遠の空き家率の増加が顕著である

空き家の実数では、郊外部は都心部に比較してかなり少なく、大勢に影響はないようにも見えるが、これが郊外の独立した戸建てのニュータウンのように、住宅が整然と並んだ住宅地に空き家があちこちに生まれている状況だとすれば、街の様子は異様な雰囲気も醸し出す。
言い換えると戸建て住宅地で、隣近所の住宅が空き家で、雨戸の閉まった状態が続いていることを想像すれば不気味だろう。
また、人の住まない住宅が平均で111パーセント余りあるという実態は、空き家発生がどこかに集中していると想定した場合、それが郊外の戸建てニュータウンに集中して発生して居るとすれば、そこに住む住民は不安を感じないわけにはいかないだろう。
それが今後一五パーセントになり、二〇パーセントにならないと誰が言い切れるのか、郊外に展開する住宅団地の不安が見え隠れする。

平成一五年版住宅·土地統計調査によると、予測通り郊外の空き家率は増加し、六OS七〇キロメートルでは一二·一パーセントから一四.三パーセントに11.11ポイントも急上昇した。

老人ホーム

金曜日の妻たちへ

さらに空洞化が進んでいることがわかる一方、都心周辺部のドーナツ化現象はさらに明確になり、空き家数四0万戸が四五万戸になり、確実に増加していた。ただし、都心部の再生は急速に進んでいて、空き家数は増加せず、空き家率だけが·六パーセントに下降したことは都心回帰の効果であったと言えようまた、都下区市別の空き家状況を詳しくみると、多摩市では八.六パーセントと空き家比率は都下五〇の区市で四番目に低く、空き家密度も二四五戸/平方キロメートルと八番目に位置する低い値である。
これは多摩ニュータウンが決して過疎化していない証拠でもある。
噂ほどは閑散としているわけではなく、空き家は少なく居住ニーズの高いところであることがデ判っていただけるだろうか。
タが住宅·土地統計調査という国勢調査の10分の1程度の区域をサンプリングして集計している調査データということもあるが、かなり空き家率の少ない状況であることがわかるこのように多摩ニュータウンの空き家状況については、低い空き家率であり実数も少ないこしかし、とから、早急に対策が必要という状況ではないように見える。

多摩ニュータウン内部では空き家の増加が顕著な街区や居住面積の低さや建物の古さが入居者を遠ざけている団地な次章の中で真相を明らかにしてみたい。
ど、特定の住宅街区については問題も孕んでおり、新築マンションラッシュの勢いバブル経済の崩壊が分譲住宅の供給を押しとどめ、その供給分が賃貸住宅にすり替わった現

バブル崩壊以降、象は首都圏の住宅着工状況を見ることで確認できるが、借家供給は収束したものの分譲住宅についてはバブル期とは違った新たな供給の勢いが生まれている。

事実上、空き家の増加が続いているにもかかわらず、新規の住宅建設が堅調に続いているのはなぜだろう空き家状況の中でも解説したが、バブル景気は住宅事情を大きく変化させた。
しかも、未だに分譲住宅供給が堅調に推移していることは、こうした購買層の世代が継続してユーザーであることを意味しており、三0代から四〇代にかけての中堅勤労者世帯の購住宅の一次取得層、入が継続していることになる。

その世代は、いわゆる狭間世代と言われる人口的にも少ない世代から団塊ジュニア世代にかけた出生数が増え続けていた時代に生まれた世代で、団塊世代のなめらかなカーブで作られたピークであり、山とは違い、子育て期真っ只中のファミリー向け住宅需要に支えられた長期に渡る住宅需要である。おそらく、その殆どの購入の動機は現状家賃との比較であり、長期に渡ってローンを組むことを前提とした選択の結果であると考えられる。しかも、その住宅規模は最大家族に会わせた住宅購入であると想定できるしかし、現在販売されている分譲住宅の中古価格が将来とも販売価格と同一であるとは考えにくく、購入した途端に中古としての烙印を押される可能性が高い。
かつてのインフレ時代のように資産価値が上昇するわけではなく、供給過多により中古市場価格は確実に低迷する時代バブル期に分譲住宅を購入した世代がそうであるように、売るに売れない状況が生まである。れ、住み続けることを余儀なくされるのである。
まさにそれは、金融機関への金利支払いの約マンション価格の下落を受け止めつつ、束と、住み移れないマンションの管理費と修繕積立金の負担を、生涯をかけて支払い続け、現在のマンション購入は定住を覚悟する選択でもある。Eにも下にも進めない切羽詰まった状況を選択していることでもあるこれほどまで継続する持ち家ブームは見られないだろう。
歴史上、その現象もここ数年で団塊ジュニア世代の需要が下降し始めると、売れ行きも限界に達して売れ残りが市場に出回る近隣のマンションの売れ行き状況を確認しているが、とになる。すでに販売価格の値引きや売れ残り物件の繰り返しの広告が舞い込み始めている。むろん新規物件も目白押しではあるが低価格化がさらに進んでおり、安くなければ売れないという市場になっている。

予算は長野の家といまの家の売却価格に退職金を合計した金額の範囲内とはいえ建物原価には限界があり、土地の仕入れ価格が下落傾向に進んでいる内は購入者の動機は堅調につかめると思われるが、需要はそろそろ限界に近づいており、不良債権の処分も終わりに近づくバブル崩壊ほど劇的ではないにしろ、と、景気崩壊を彷彿とさせるような状況が生まれると思われるそれはすなわち、建物価格の暴落の始まりであり、資産価値の低下に伴い不動産の選別がはじまることでもある。
現在、マンション分譲に対して、売れ残り物件が見られるものは期間内に売り残したものであり、思い切った値引きがなされないと完売は困難であろう。市場は確実に低価格化が進んでおり、にわかに飽和状態に近づいている感がある。結局、売れ残る物件は値引き販売に対しても売れなかったものであり、販売対象の住宅そのものが人気のない住宅とこうした売れ残り物件はバブル崩壊の時がそうであったようにさらにいうことになる。

今後、低価格で売却されるか、市場に賃貸物件として大量に供給されることになるしかし時代は賃貸住宅の余剰が顕著である。住宅·土地統計調査によると余剰住宅の増加が見込まれており、さらに身近な分譲マンションの売れ残り物件が賃貸として流通し始める。

市場が供給過多に陥ると新築物件であろうと家賃を下げざるを得ない状況になり、まもなくローン支払いより家賃が下回る時代がやってくる。おそらく10年も経たない内にそれは始まると良いストックと悪いストックの区別が不動産評価を決定す思われる。こうした状況の中では、る要因となり、ここでマンション版のホットスポットとコールドスポットという選別が始まることになるようだ。
日本の住宅政策は戦後、経済政策優先で進められた歴史がある。住宅は社会的に負担するものではなく、個人の裁量として住宅金融公庫の融資で住まいを建設することを押し進めてきた。
産業の振興に対する支援を手厚くした。そして国の住宅政策に投入する費用を軽減する反面、それと同様にバブル以降、銀行を救済すべく国民の税金を投入し金融機関の倒産を抑制し、さ結果として不良債権の処理に民間の住宅ローンを積み上げた。らに低金利政策を推し進め、そして負債を個人につけ回す政策は、見かけ上は成功したようにも見える。

しかし、住宅購入者支払う窓口の違う税金のようだし、にとって支払っていく金利は、生涯続くマンション管理費や修繕積立金も、抜けると違約金を取られるリース契約のようで、自由でありながら縛られている関係が出来上がっている住宅·土地の負債額が伸び続けているバブル経済が崩壊したのは一九九一年平成三年頃だが、その後、毎年のように住宅ロンの負債が増えているのは何故なのか、とりわけ四〇代を狙い撃つような勢いで負債額がしているというのも不可思議な現象だと常々思っていた。
貸金庫はありますか?