納税者側

研究学園

これは、その結果、詐害的短期賃借権によって、設定したはずの担保が後順位の抵当権者に移転してしまうからであるやはり短期賃貸借制度は廃止すべきだ一0年近くにわたる地価の下落は、銀行の不良債権を増加させ、貸し渋りをもたらしているこれは、地価の下落だけが原因ではない。短期賃借権という法的に不備な制度のために、貸し渋りが生じ、金融機関の仲介機能に大きなダメージを与えている。短期賃借権が資金の貸出市場にどのような影響を及ぼすかについて、この章では、理論的な観点から検討した。第一に、短期賃借権は情報の非対称性があることを前提にすると、資源配分に対して中立的ではなく、貸出資金の減少をもたらすことを明らかにした。
第二に、短期賃借権を用いて債務者と後順位の抵当権者が結託する場合には、動学的整合性の問題が発生する資金の貸し手のインセンティブが失われる。
これらはいずれも、その結果、資金の貸し渋りを発生させる

金融機関の仲介機能を再生するためには、このような観点から、資源配分の効率性を改善し、(「短期賃貸借短期賃貸借制度を廃止する必要がある阿部泰隆·上原由紀夫が提案するように、これによって、短『NBL』一九九九年六月一五日号)。

保護に関する判例·民法学説の破綻」不良債権の処理も期賃貸借制度の悪用が防げるとともに、資金市場の効率性は著しく改善し、一定期間のこの制度の廃止によって失われる借家人の権利は、円滑に進展すると考えられる。明渡し猶予制度で十分に保護されるであろう。都市の生産性は大きく向上し、都市機能の再生とこれまで述べてきた提案が実施されれば、新しい産業これは、金融市場に生じている貸し渋りを解消し、地価の下落に歯止めがかかる。金融仲介機能の再生だけでなく、停滞している日本経済の構分野への融資を活発化する結果、造改革や景気回復が実現できる。
[謝辞]社会科学研究』(東京大学社会経済研抵当権と短期賃借権山崎福寿·瀬下博之本章は、また本稿を作成するうえで、瀬下博之究所、一九九九年)を平易に書き換えたものである。ここに記して感謝したい。氏との議論はたいへん参考になった。

阪棉·淡路大震災の教訓

一九九五年に起きた阪神·淡路大震災では、兵庫県だけでも一挙に二万棟の家屋が完全にまた、六千数百名の命が一瞬にして失われた。

埋葬許可証倒壊した。半壊や半焼を含めた家屋の被害は11四四万六000世帯もの人たちが家を失った。四万棟を超え、ストックの被害額はおよそ10兆円と推定されている。このような大地震による瞬間的なストックの減少に対して、住宅政策として何が必要だろうか。この章では、将来起こるかもしれない大震災に対しての備えとして、阪神·淡路大震災で起こった問題について、住宅政策の観点から考えてみよう。
宅をめぐる問経済学はこれまで有効な処方箋を書きえないと考えら大震災あるいは緊急事態に対しては、緊急事態においては、人々は冷静で合理的な判断が困難になるため、れてきた。市場による解決は、効率的なものとかけ離れてしまうことが予想される。しかし、だからといって、当局が大きな税金のむだ遣いを招く。
何から何まで人々の面倒を見るのは、それでは、民間の自主的な再建活動を阻害せずに、人々の暮らしを守ることができるのだろうか。まず、震災によって一挙に大量の住宅ストックが損壊した結果、新たな住宅をどのように手当てすべきかという問題が発生する。
検討すべきことは、住宅が不足しているのだから、早急仮設住宅で対応すべきかどうかという点であるさまざまな問題点が指摘されている。仮設住宅をめぐっては、緊急避難所から仮設住宅へ移満足な仮設住宅が手に入らないために、緊急避難所からなかなか人々が移動しようとしても、住しなかったという問題点が報告されている。

緊急避難所として指定されていた公民館や学校市役所のフロアに多くの人たちが居座った結果、業務の支障や教育現場でさまざまな混乱が発生したといわれている民間活動を阻害すべきではない神戸市のホームページによると、一九九九年の三月末時点でさえ、神戸市の仮設住宅使用-仮設住宅の使用期限は一九九九年三月で切れたが、その延長が帯数は三五00近くであった。
認められた。仮設住宅が完全に撤去されたのは、震災から五年弱を経た二000年11月であった。被災者に一時的な居住の安定を図ることを目的としたものである。仮設住宅は本来、したがって、にもか仮設住宅の質は最低限度の生活を営むためのもので十分であると考えられる。かわらず、仮設住宅の質を改善することや仮設住宅の長期的な利用についても、さまざまな要望がある。震災時における住宅政策はどうあるべきか。

結論から先に述べておこう。震災時における一時的な住宅ストックの減少に対して、深刻な住宅不足が発生する。この住宅不足を解消するために、政府が一時的に仮設住宅を供給することは望ましい。しかし、この公的な住宅が長期的な民間の住宅供給を阻害してはならない。政府による仮設住宅の供給が民間の住宅供給を阻害しないためには、いかなる政策が必要で仮設住宅の品質を必要以上に上げることは、あろうか。好ましくはない。

むしろ人々が仮設住宅から民間の賃貸住宅に速やかに移住できるよう、仮設住宅使用期限を厳格にルールどおりに運用すべきである。また、その際に仮設住宅から民間賃貸住宅への移行を速やかにするために

住宅切符制の採用が考えられる。

大きなお家ですね

柳に雪折れなし

価格と健康
仮設住宅の有料化と住宅切符制の併用によって、短期的な仮設住宅の供給と民間賃貸住宅の供給によって、短期·長期の住宅不足の問題は矛盾なく解決できるモラルハザードのおそれが一般に、堅固な住宅を造ろうとすれば、それなりの建設期間を必要とする。しかし、いますぐにでも住宅を必要とする人々に対しては、早急に対応しなければならない。ここに仮設住宅という需要が発生する震災時に公共用地の上に仮設住宅を建設して、そこに人々を一時的に避難、移住させるといきわめて合理的な判断であろう。もちろん、う政策は、仮設住宅はあくまで一時的なものであって、長期的な居住に耐えられるようには建設されていない。仮設住宅は建設も簡単なよう撤去も簡単にできなくてはならない。
に、しかし、ひとたびそこで人々が生活を始めると、この仮設住宅は仮設ではなくなってしまうかもしれない。一九五九年の伊勢湾台風のときに建設された仮設住宅にいまでも多くの人たちが住んでいるという話もある。そのほかにも、数十年も前の非常事態に建設された仮設住宅に、現在でもたくさんの人たちが住んでいるといわれる。このような事態は、果たして望ましいことだろうか。
これまでも多くの経済学者が論じてきたように、効率性の観点からは、公的に住宅を供給することに対しては多くの問題点がある。

公的に住宅を供給する際の問題点が、仮設住宅には典型的に現れる。いままでに何度も指摘してきたが、モラルハザードの問題と動学的整合性の問題がここでも発生する阪神·淡路大震災という非常事態で、被災した人たちは非常に不幸な経験を負っていることは疑う余地はない。しかし、ひとたび仮設住宅が建設されて、そこに居住できるようになると新たにみずからの生活を再建し、代替的な住居を構えようとする意欲を失わせることにならないだろうか。
これがモラルハザードの問題である一時的であったはずだが動学的整合性の問題点である。もう一点は、仮設住宅を早急に建設すること自体にそれほど反対一時的に発生した住宅不足に対応して、する人はいない。しかし、そのような住宅がひとたび造られると、かりにそれが仮設であっても、そのような仮設住宅から他の代替的な住宅へ移り住まなくなってしまう人が出てくる。
その結果、公的当局は仮設住宅に住む人々の生活を改善するようにとの政治的圧力を受けるようになる。
仮設住宅を長期の居住に耐えられるように手を加えることが要請される。このことも、仮設住宅に人々が住んだ後では、合理的な行動として評価される。しかし、仮設住宅はもともと短期の居住を目的として造られたものであり、事前的にはそれが望ましかったはずである。すなわち、一時的居住を目的としたはずの仮設住宅が本格的な住宅として機能するという矛盾が発生する。
公共用地という多くの人々が共有すべき財産を、その結果、一部の人たちが占有するという事態が発生する。
仮設住宅自体は、したがって、二年間という期間限定で造られたものである。長期にわたって健康で文化的な居住が営めるようにはなっていない。それにもかかわらず、長期の使用に耐えなければならなくなってしまう。したがって、最初から仮設ではなく、長期居住できるような住宅を準備すべきではなかったのかという疑問が生じる。

なるべく退職金を使わずこれが動学的整合性を満たさない

のは明らかだが、仮設住宅の不便さや住みにくさを指摘する人々は多いもしこのような批判に応えて、仮設住宅をいっそう便利に快適にしたり、堅固なものを最初からつくっていたら、人々の震災に対する備えや、震災後の生活を再建するための努力や、自助努力による代替的な住宅建設はどのような影響を受けるだろうか。
多くの人々が政府に依存住宅建設は遅れ、経済の再建はいつまでたっても、おぼつかないであろう。
する結果、残るの大幅な財政赤字と巨額の政府債務であろう。は、宅切符制とはさてそれでは、このような矛盾に対して、どのような対策が考えられるであろうか。この解経済学者たちは興味ある提言をしている。それは住宅切符制である。決策として、被災した多くの人たちを救済するためには、何らかの補助金が必要である。
また、新規の住宅供給も必要である。しかし、公的な住宅供給が民間の住宅供給を阻害してはならない。この住宅切符制が望ましい解決を与えてくれる。矛盾には、住宅切符制とは、所得や生活水準に!公的当局がこの基準に満たない被災者や貧困者に対して、定の基準を設定したうえで、住宅切切符を持っている人は、符を配布する制度である。

住宅供給者にその切符を手渡すことによって、無料ないしは割引料金で一定の住宅サービスが得られる住宅切符は、民間の賃貸住宅に住む場合にも、公的な住宅ないしは仮設住宅に住む場合にも使用することができる。最低限の住居をまかなうための切符であるため、一定の水準を満たさない質の悪い住宅の居住者に対しては、その住宅切符とさらに現金給付が追加される。また逆に、より質のよい住宅や大きな住宅に住みたいと考えている人たちは、切符の提供とさらに自己負担によって高い家賃の住宅に住むこともできる。このように、住宅切符は使途を住宅に限定した切符であり、他の用途には流用できない。
配給を受けた世帯はその住宅切符を家賃の一あるいは家賃の全部として用いることができる部として、も家賃を取るべきそれと同時に仮設住宅であっても、家賃を設定し利用者から徴収する必要がある。中心部から離れた不便なところは家賃を安くして、相対的に魅力のある中心地においては、仮設住宅の家賃も高いものに設定する必要がある。
被災者は配布された切符を用いて仮設住宅に住むこともできるし、民間の賃貸住宅に住むこともできる十分な数の民間住宅が建設されるには、11年間は必要であろう。
もし、仮設住宅の使用期限を厳格に運用できれば、民間の賃貸住宅供給者は仮設住宅の期限の切れる11年後の需要を予測して、新規の住宅建設を企画するだろう。これと住宅切符制を併用すると、仮設住宅の期限が切れる二年後に向けて民間の賃貸住宅の供給が促進される結果、二年後には民間の賃貸住宅に多くの人たちが吸収されることになるだろう。仮設住宅はあくまで期間限定の住宅である。
その原理原則を重視して、仮設住宅はあくまで仮設住宅としてのクオリティを追求すればよい。
二年後には民間賃貸住宅が供給されるので所得水準の低い人たちは以前と同じような住宅切符が配布される結果、同じような住宅サービスを受けることが可能になる。これが守られないと、ここで重要な点は、仮設住宅の使用期限を厳格に守ることである。民間の賃貸住宅は供給されなくなってしまう。

公的住宅が望ましい理由それならば、そもそも政府や自治体がしっかりした住宅を早急に建設して、それを長期永住可能な公的住宅として供給してはどうかという代替的な案が考えられる。

不動産を所有していること

時価が路線価を下回っている土地でも

しかしこのような公的住宅を建設することは居住を既得権化させてしまい、先に述べたモラルハザードの問題を引き起こす被災した人たちを救済するために堅固な住宅や、十分な質を備えた住宅を供給することは、短期的に人々の公正の感覚に合致するかもしれないが、長期的には大きなむだを引き起こす可能性が高い。それは、人々の自己再建意欲を阻害してしまうからである。被災者の生活を長期的に保障する住宅を提供することは、被災者のなかに存在する所得水準の高い人たちを過度に保護したり、また、被災者たちの再建努力を失わせることになる。そもそも長期の居住に耐え時間がかかり、緊急事態に対応するのは無理である。るような住宅を大量に建設するには、その意味で望ましくない。
したがって、公的住宅は、あくまでも緊急避難的な措置として仮設住宅の建設が認められるのである。早急に建設しなければまた、この住宅は仮設であって、ならないという条件を満たすために、必要最小限の機能を備えたものであればよいと考えられる他方、仮設住宅の建設が、民間住宅の建設や賃貸住宅の供給を阻害してはならない。
そのた住宅切符制によって低所得水準の人たちや高齢者の生活を保障することが必要であるめに、住宅切符制は民間による建設のインセンティブを阻害せず、被災者の生活を守ることができる。
これを速やかに実現するためには、11年間程度の時限付き仮設住宅を建設することが望また、ましいさらに、このような大震災といった緊急事態に対しては、定期借家権は有効な機能を果たすだろう。二年間といった限定的な借家契約を用いれば、多くの住宅が賃貸住宅として供給されることになるだろう不足の認定はできないさて、いかなるものだろうか。望ましい住宅政策とはそもそも社会保障あるいは再分配政策として考える必要がある。
政府介入が支住宅政策は、一般に、持されている根拠として、市場の失敗が存在しなければならない。
市場が失敗するケースとしては、外部性や規模の経済性、公共財の存在などがあるが、住宅というサービスについて、これらが妥当するという十分な証拠はない。

したがって市場の失敗を理由に、政府が住宅市場に介入することは容易には認められない。これに対し、一般的に民間住宅が不足しているから、公的に住宅を供給することが望ましいとする議論がある。しかし、この議論には大きな問題点がある。民間住宅の不足をどのように住宅が高いから安くしろというのは、定義するのかという、たいへん困難な問題がある。より大きなむだが発生することを無視した議論である。
したがって、効率性の観点から、政府による公的な住宅市場への介入を正当化するのはむずかしい。このような意味からも、再分配政策としての住宅政策は再考すべきであろう。富めるものか望ましい住宅政策とはいかなるものら貧しいものへの再分配政策として住宅政策を考えると、であろうか乏し

多くの国でそうであるように、住宅問題というのは政治問題化しやすい。日本でも住宅にっさまざまな補助や規制がある。

ては外国同様、公的な主体による住宅の直接供給をはじめ税制上の優遇措置、また民間主体の住宅建設や購入に対する補助、さらには住宅供給者に対する補助など、かなりのものが存在するしかし、一定の所得水準以下の人たちを保護するには、所得の再分配によって実施すべきである。
近隣住区である。住宅の需要や供給に補助をつけること自体に説得的な論拠を与えることは、それほど簡単ではない。本当に望ましいことなのかという衣食の足りてない人々に住居を与えることは、公平性の問題がすぐ頭に浮かぷ。家賃補助による分配が望また、所得による再分配ではなく、ましいという論拠も説得的ではない。この点を、もう少し詳しく説明しよう。住宅補助には次のような問題点がある。いま住宅に一定の補助金を与える場合を考えてみよう。
住宅価格が実質的に低下する結果、人々は自分が住みたいと思う住宅よりも、より大きな住宅を需要しようとする。本来なら住宅を節約して衣食にあてたほうがいいという人も、家賃補助のためにより大きな住宅に住む結果になってしまうかもしれない。このときに、もし家賃補助ではなく、所得補助が与えられた場合はどうであろうか。

そのときは同じ金額の補助である場合でも、いまよりも住宅を節約して、他の衣食により多くの支出を割くことになるであろう貧しい人々に対する再分配のあり方として、所得ではなく住宅そのもので供給すること自体に、果たして合理的な根拠があるだろうか。所得水準の低い人々がいまの住宅よりも必ずしも大きな住宅を望んでいるとは限らないし、また住宅でなく所得で補助されれば、住宅よりも必需性の高い財に需要を振り向けるかもしれない。そのような合理的な人々の行動を無視して政府が住宅での補助を考えることに合理性を認めるのはむずかしい。
短期的な住宅不足と長期的な住宅不足終戦直後の日本が経験した大量の住宅不足や大震災直後の一時的な住宅不足の意味でも、と、分けて考える必要がある高度成長期に見られた住宅不足とは所得水準が上昇する過程で住宅需要が増加したり、より大きな住宅に対する需要が増加することは当然の現象である。需要曲線が右にシフトする過程で住宅に対する超過需要が発生する。しかし、これは市場メカニズムにまかせることが望ましい。
これに対して、前者の一時的な住宅不足に対しては、仮設住宅といった公的な支援が必要とされる。しかし、前述のように、こ民間の住宅供給を阻害するものであってはならない。の公的な支援は、住宅切符制度は、右に述べた家賃補助制度と実質的に同じである。
もちろん家賃補助制度よりも所得補助制度のほうが効率性の観点から望ましいと考えられるが、一挙に住宅ストックが不足している緊急事態においては、ある程度は家賃補助ないしは住宅切符制度の合理性は正当化されるものと思われる神戸で被災した被害者の人々に対して、数年間の期間限定で住宅補助ないしは住宅切符を提供すること自体は、効率や公平の観点からも、それほど大きな問題をもたらさないであろう。

債務(借入金)